| 平成15年6月8日(日) 第6回 「仏教に親しむ会」 |
|
| 昨年秋に続き、無着成恭先生(千葉県福泉寺住職・南無の会・南無道場首管)をお迎えしてご講演をいただいた。 冒頭、アジアの紛争に触れ政治体制は違っていても、仏教国としての纏まりがある国は治まりも早い、と言われマスコミの伝える情報についても真意を見極めるよう、示唆された。 「道徳をどう解くか」をテーマに本論に入る。会場を見渡し、人はなぜ生きるか、何のために生きているんですか?と問いかけ、成仏するため、仏になるためと説き、その道を「成仏道」、と説明。その成仏道を歩むこと、その功徳を積むことを仏教の世界では、道と徳で、「道徳」と言う、と説明された。 |
![]() |
![]() |
次に師は食事のとき唱える『五観の偈』を例に引き「仏教では草も木も生きとし生けるものはすべて仏性がある。人が生きるには他の命を頂かなくてはならず、果たして、その命を頂く資格があるか反省しよう」「食べ過ぎず、飲み過ぎず、欲張るな。満足するまで食うな、知足でいけ。自らコントロールできなくてならぬ」「命は落としたら拾えない。自分のものであれば、拾える。自分の命は大自然から分けて頂いた命だ。だから、自分の分け前を判断できぬ
(分不相応)人は不道徳な人だ」と分かりやすく説いた。 |
| また、仏教国では満年齢を採る、といわれ子宮の中での時間を一年と数え、生かされていることの重要さを強調した。人も地球の中で生かされている。地球と子宮と似ている、と会場を笑わせながら、「生きる力で、生かされているのだ」と「自力と他力は同時なり」の道元の言を引きながら、「仏教に自力も他力もない」、と大局からの見方を示された。 会場からの熱い拍手が先生の背に送られた。分かりやすく、日々の暮らしの中に生きている仏教の奥にあるものに触れた喜びで、聴衆のひとみは輝き、感想を述べ合いながら山門を後にしていく人がほとんどだった。 | |
![]() |
|