平成16年7月15日(木)
山門施食会(盂蘭盆会)
満堂に、供養の合掌。
 数日前よりの暑さが身に応える。特に蒸し暑い朝を迎えた15日。昼過ぎより坂を登る人、車の列が続く。
午後一時半、掛川の小林寺住職井上貫道老師より法話を頂く。
「今日はご存知の、修証義から、第四章発願利生のうち、皆さまに実行していただきたい四つの知恵の中、『同時』について一緒に考えたい」と静かに口火を切られた。
『同時と言うは不違なり、自にも不違なり他にも不違なり、(中略)自他は時にうて無窮なり、海の水を辞せざるは同時なり。この故によく水集りて海となるなり』。
最近、皆さまは感覚が鈍っている。「そのこと」に出会っていながら判らない状態であり、これは由々しきことである。最近の事件でも「それ」がおきてから、考え込んである。
例えば、剣道をする時、棒で人を打つとき、届く距離でなくては打てない。  
家でも職場でも近所でもそうだ。人とのいさかいや変化は突然起きる。人と距離を縮め「その人」の事実を見つめ、同じになることが大切。
人は、自分の考えばかりで生きていくと必ず行き詰まる。皆がそうしたらどうなるか。必ず、その考えにも限度がある。
しかし、仏教ではそのことの解決法として「頭を空にしなさい」と教えている。事実を見ることに終始しなさい。
つまり、そのものと一体化しなさい。自他を区別しなさんな、事と同じにしろ、と。
最近は車が多くなり、車の接触事故には充分注意するが、人との接触には注意を払っていない。なぜでしょう。車より人の方が大切なのに。この点も、もっと勉強することが大切です。
花を見るとき、こちらからは話し掛けませんね。花がその色美しさを教えてくれます。事実を語ってくれます。こちらから、頭で考えてトヤカク言うことはないですよ、事実があれば十分です。
人との話も予見を持たず先ず聞くことが大切ですね。とかくいさかいを起す人は、心の中に問題を抱えています。もっと、心を空にして、出会うものごととの事実に直面しましょう。暑い中にも拘らず、満堂の七百余人の耳目は井上老師の言葉に集中していた。
二時からは文元方丈を導師としての山門施食会が営まれた。百十余の新亡家をはじめ檀信徒様、三世十万法界の万霊を供養された。
暮れなずむ午後七時、山門前では精霊送りの読経が行われ、檀信徒をはじめ、多くの市民も参拝された。