平成16年10月21日(木)
普済寺真開祖
華蔵義曇大和尚五百五十回大遠忌

  天林寺のご開祖は傑堂義俊禅師とおっしゃいます。そのお師匠さまが普済寺を開かれた華蔵義曇禅師さまであり、熊本市の大慈寺のご開山寒巌義尹禅師さまに連なるお方です。
よく『寒巌派』と言われるのは、この寒巌義尹さまの法脈に続く寺院を指し、『十三門派』とは華蔵義曇さまの主だったお弟子さんが開かれたお寺を指します。山梨、愛知県にもありますが、地元浜松・磐田に7か寺が法灯を守っています。わが天林寺もその一つであります。

さて、去る10月21日、普済寺さまに於いて開祖と仰いでいる寒巌義尹禅師さまの開山忌法要が、大慈寺の佐藤泰道ご住職を導師として営まれました。

引き続いて永平寺副貫首の福山諦法老師(豊川妙厳寺住職)を導師として真開祖華蔵義曇禅師の五百五十回忌の法要が執り行なわれました。また、墓石の開眼法要もいたしました。皆さまご存知のように、自分の師にご開山さまとして希い、自らは二代目とかに名を連ねることが通常のこととなっております。
当日は、川口高風愛知学院大学教授の『華蔵義曇大和尚の足跡』と題するご講演を頂き、 
華蔵義曇さまと浜松のご縁、玉眼の入った木像のこと、輪住制を遺戒されたこと、真開山であるが何代目か、の諸説があることなど、等々を伺い歴史の重さを目の当たりに感じました。
中でも五百五十年の長きにわたり、お弟子の十三派が営々と法灯を継ぎ、今日に至ることの地道な努力と精進。それも九州の地より当地へ布教に赴かれた禅師さまの更に高いご遺徳あってのことと、あらためて崇敬の念を抱きました。